ばら公園

藤原由貴也




 十八世紀半ばから十九世紀にかけて起こった産業革命は、人々に多くの恩恵をもたらし、人類が発展していくにあたり、大きな通過点となった。人が生み出す技術が発展すればする程に、生活はより豊かに、より便利に、より快適になっていく。それは非常に喜ばしい事であり、人類は欲と好奇心、探究心の赴くままに技術の進歩を続けて来た。
 そして、人々はついに産業用ロボットを改良し、人間の生活を手助けする汎用型ロボットの開発に成功した。その第四次産業革命とも呼ばれる技術的革新は、人類の生活をワンランク上へと押し上げる、新たな最先端の時代の幕開けであった。
 汎用型ロボットの生産が本格的に開始されて数十年が経った現在、ここ福山市でもその恩恵を感じることができた。
 市役所や駅、さらには店頭などで、多くの汎用型ロボットの姿を確認する事ができた。彼らは独自に開発された人工頭脳により、人々と会話を行う事が可能であり、故に接客業と言われる業種の殆どは、一部を除き、このロボットたちに取って代わられていた。
 ロボットたちの姿は様々だった。最新型のものは人間のような質感の肌を有し、遠目から見る分には人間だと見間違える程の精巧さであり、また、ずんぐりむっくりの愛らしい見た目のロボットも、人々の生活を支える優秀な駒として機能していた。
 そんな、ロボット産業の終着点ともいえるこの風景の中で、一台のロボットが自らに備えられた車輪を駆動させながら、歩道を進んでいた。
 このロボットは、現在稼働しているロボットの中でも最初期に生産されたモデルだった。中年男性のお腹のような卵型の胴体から一本のノズルが伸び、半球体の頭部に繋がっていた。胴体から垂れ下がる腕は、マニピュレータとして機能し、この腕を使い精密な作業を行えるよう設計されていた。赤い二つのレンズはセンサーの役割を有し、脚部には移動手段である車輪が二輪装備されていた。
 所々が錆び付いたロボットは、金属の擦れる音を発しながらも、目的地に移動していた。暫く道なりに進み、ロボットは停止した。目的地に到着したのだ。ロボットは体の向きを変えて、目的の公園に進行した。
 ロボットの目的地であるこの公園は、市民からばら公園と呼ばれていた。公園の名前にもある通り、この公園には、多くのばらが栽培されていた。種類は220種、約5500本ものばらが園内で育成されおり、ロボットは色鮮やかに咲き誇るバラの管理を任されていた。
 ここ福山はバラの町として有名だ。その由来となったのは、このバラ公園だった。福山市は1945年に大規模な空襲を受け、あたり一面は焼け野原と化してしまった。その後、再建復興が進められる中で、「戦災により荒廃した街に潤いを与え、人々の心に安らぎを取り戻そう」という願いを込めて、市民が公園にばらの苗木1000本を植えた事が、ばら公園の起源だった。
 しかし、その歴史を知っている者の殆どは亡くなってしまい、市民の憩いの場であったばら公園には、当時の活気はなく、今は閑散とした印象が漂っていた。ばら公園の歴史が広く後世に語り継がれなかった結果か、公園の管理は杜撰になり、ばら達もその煌びやかな姿を花弁の内に閉ざしてしまった。そこで、既に旧式となり、役割のないこのロボットに、ばらの管理が任命されたのだった。
 ロボットは園内の倉庫から箒を取り出し、散乱しているゴミを掃いた。ロボットには公園内の清掃方法とばらの栽培方法を新たにプログラムされており、さしずめばら公園専属のロボットと化していた。ロボットは園内を隈無く移動し、草や花弁を掃き、また心無い人間が捨てた空き缶やペットボトルを回収していった。
 数時間ほど清掃を行い、公園内の清潔度が許容範囲内に達すると、ロボットは清掃行為を止めて、ばらの手入れに着手した。
 季節は四月の下旬。ばらは新芽が大きく成長して蕾となり、葉の色も濃く、ばらの季節の到来を今か今かと待ちわびていた。ロボットは目の前に膨らむ蕾の状態を確認しながら、水やりを行うことにした。
 ホースを伸ばしてばらに水を与える。この時期のバラは可憐な蕾を付けるため、つい甘やかしたくて水をあげ過ぎてしまいがちだが、ぐっと我慢しなくてはならない。水を過剰に与えれば根腐れの原因になり、折角丹精込めて育てたばらを枯らしてしまう。そうなってしまえば元も子もない。ロボットは土の湿り具合を確認しながら、適量の水をばらに与えていった。
 その後も雑草を抜き取り、中耕を行い、ばらの成長を促したりと、ロボットの作業に終わりはなかった。液肥を与えたり、新苗の植え付け、さらには病気の予防と、植物の栽培は非常にデリケートで多忙な仕事だった。
 害虫駆除のために、オルトラン粒剤をまこうとした時だった。
 ロボットは何者かの視線を察知した。鋭い視線だった。それが堂々とした視線であったのなら、ロボットは特に脅威だと認識せず、作業を続けるだろう。しかし、今ロボットに向けられている視線は、こちらを盗み見ているような懐疑的なものだった。
 ロボットは頭部を視線が向けられている方角に駆動させ、二つのレンズで対象を確認した。果たして、ロボットに視線を投げていたのは、人間の少女だった。あどけない顔立ちや肉付き、また身長などの身体的特徴から、少女が十歳ほどの幼女だとロボットは推測した。
 少女は、ロボットのレンズが自らに向けられることを知ると、慌てた様子で視界から逃れた。ロボットは、少女が自身に何か用事があるのでは、と予想して後を追いかけようとしたが、彼女の慌てた様子から、追うことにより肉体的損傷を引き起こしてしまうのでは、と危惧し、彼女を追う事は止めて中断していた作業を再開した。
 暫く作業に没頭していると、再び視線を検知した。振り返ると、先ほどの少女が遠くからロボットの様子を観察していた。しかし、ロボットが少女に近づこうとすれば、少女は脱兎の如く逃げ出した。結局、ロボットが作業を終えた夕方まで、少女はロボットの様子を見つめていた。
 一日の労働プログラムを終えると、ロボットは道具の一式をコンテナに収納し、ばら公園を後にした。少女の姿はもうなかった。
 ロボットは夕日に照らされた街を進んだ。道路を走る車の運転席に人はおらず、ハンドルだけが不気味に動いていた。家庭用ロボットがお使いの帰りなのか、レジ袋を手に歩いていた。宙には液晶を搭載した、ブラウンテレビほどの大きさのドローン型ロボットが浮遊しており、液晶には企業のCMが流れていた。
 この光景を見て、過去の人間は何を思うだろうか。この最先端の世界を羨むだろうか。それとも、人間は堕落したと叱咤し、ロボットを不気味な存在として見なすのだろうか。
 ロボットは車輪を駆動させて、緑町へと向かった。緑町には大手ロボット企業が運営するロボット生産工場が存在していた。ガラス張りの近代的な工場では、日夜、ロボットの生産や加工、さらには研究が進められており、また、福山市が所有するロボットの待機場でもあった。
 工場の入り口を警備する警備用ロボットの審査を受け、工場内へと進んだ。敷地内は生産棟、研究棟、そして奥にひっそりと佇むロボット達の格納棟と分かれていた。ロボットは広い敷地を進み、格納棟へと進んだ。
 格納棟に入ると、既に多くのロボットたちが待機していた。ロボット達は自身の型式番号が記入された格納スペースに収まり、充電プラグを接続されて電源を切られていた。
 ロボットは他の仲間と同じように、自らの格納スペースに進むと、普段は収納されている充電口を露出させ、プラグを挿入した。充電を確認すると、ロボットは自然と電源をシャットダウンし、ロボットとしての定義を喪失した。それら一連の行為は全てプログラミングされたものだった。ロボットはこのまま朝になるまで充電され続け、規定の時刻に再起動されるのだった。
 
 翌朝、再起動を行い目覚めたロボットは、昨日と同じようにばら公園に赴き、自身の役割を果たしていた。
 今日は土曜日であるためか、園内は平日よりも僅かに賑わっているようだった。しかし、それは微々たるもので、この高度文明社会の中、ばらを見るためだけに時間を割く人間は少なかった。
 ロボットは黙々と作業をこなしていた。ロボットという存在に休みはなかった。仮にロボットが自身の作業を停止する場合としては、外部または内部の損傷により作業の継続が困難な場合か、ロボット自身がスクラップになるかのどちらかだった。
 最初期モデルであるこのロボットは、様々な職を行ってきた。レストランの接客、銀行員、土木作業員や、特殊清掃作業員など様々な仕事の果てに、ばら公園の管理を任されていたのだ。
 ロボットはいつものように園内の清掃から始め、それが終わると、ばらの手入れに移行した。植物の手入れと聞くと、一見簡単そうに聞こえはするが、ばら公園で栽培されているばらの数は約5500本あり、それらすべての管理をロボット一台で行う事は非常にタイトだった。しかし、ロボットにはそれらを効率よく行えるプログラムがインストールされており、それ故にばら公園の管理を一任されているのだ。
 ばらの世話をしていると、ロボットは昨日に引き続き、視線を察知した。その視線は身に覚えのあるものだった。ロボットは作業を停止して振り返った。
 ロボットのセンサーは昨日の少女を映していた。この少女は、何かを伝えたいのだろうか。
 そう思考したロボットは、両手を塞いでいた道具を地面に置き、ゆっくりとした速度で少女に近づいた。しかし、当然迫り来るロボットに恐怖したのか、少女は身体をビクつかせながら退散した。
「お待ちください」
 むやみに追いかけても意味がないと判断したロボットは、少女に呼びかけた。機械が発する不恰好な電子音に、少女の警戒心は高まり、懐疑的な視線をロボットに向けた。しかし、ロボットがコミュニケーションに言語を用いた事により、少女が一目散に逃げ出す事はなかった。
「私に、何か用ですか?」
 ロボットは尋ねた。少女は何も言わず、警戒を帯びた瞳でロボットを見つめていた。ロボットは再度、少女に話しかけたが、反応に変化はなかった。
「私に何か用事がお有りでしたら、なんなりとお申し付けください」
 それだけ言って、ロボットは中断していた作業を再開した。うどん粉病防止の為に薬を散布している間も、少女は園内に留まり、ロボットの後ろ姿を忍ように眺めていた。
 数時間が経過した。依然としてロボットは作業を続けていた。
「…ねぇ」
 ロボットが道具を取りに倉庫へ向かおうとした時だった。ばらの影に姿を隠していた少女が話しかけてきた。


(続きにおきましては、ばら公園内にて閲覧できます)





舞台:ばら公園
住所:〒720-0803 広島県福山市花園町1丁目6
営業時間:24時間営業
休業:無休
料金:無料 電話番号:084-928-1095
交通アクセス:(1)JR福山駅から徒歩15分 (2)まわローズ(赤ルート)福山駅前→ばら公園前
駐車場:普通車26台駐車可 最初の1時間まで無料 以降有料
その他詳しい詳細については、福山観光コンベンション協会にてご確認ください。




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